本号には、石渡均氏の評論「七人の侍」(黒澤明監督)とマンガ「ねじ式」(つげ義春)という映像関連の比較芸術論の後編があるので、前号に続いて暮らしのノートITO《黒澤明とつげ義春の芸術比較論(石渡均)=「澪」誌(横浜)に、その一部を示した。これらは雑誌を求めて、全文を読んでもらうための手段であるから、引用が不十分でも仕方がない。自分が、なぜつげ義春を印象的に思ったのは、下水道に閉じ込められた「山椒魚」の話を読んだ時に、その感性が思想性をおびている。これはマンガで小説の純文学的成果を挙げたものではないか、と記憶があり、この切り口の後継者が今後出現するのではないか?という予感があったからだ。つげ義春の評論も少なくないであろうが、黒澤明の「七人の侍」との比較というのが、意外である。ここに、石渡均氏の映像に関する思想と感性の独自性があると思う。実は、つげの義春の後継現象は、コッミクの世界で、すでに存在していると、思っている。これは、文学フリマ東京で、文芸同志会員・山川豊太郎の漫画評論(「芦奈野ひとし『買い出し紀行』試論、「志村貴子『放浪息子』、「成人男子のための『赤毛のアン』入門」などをテーマにしている)を販売したところ、たちまち売り切れたことがあった。購入者にいうのには、コミックの評論は少ないのだという。「新世紀エヴァンゲリオン」評論なども、この系統であろう。

 

【小説ショートショート「眠れる夜のアンソロジー」鈴木容子】
 人生経験が豊富なことがわかる多彩な掌編集である。どれも。身近なところから出発して、内容的に長く説明したくなるところを、読者に想像させる表現技が見事。「長い夜」と「口を開けて眠るのだろうか」は、切れ味の良い中編小説なみの内容である。

 

【フォトエッセイ「竜飛」/んねぞう】
 太宰治の故郷「津軽」のスチールは、寂しい風景に人の見つめる気配がにじんだ風情がある。

 

【私だけのYOKOHAMA「人生を変えてくれた街」/小説「怪鳥」-衛藤 潤】

 横浜のエッセイは、自分もいろいろな思いのある処で、共感するものがある。ここに横浜サウンドというオーディオショップがあって、樋口社長が、「満員電車に乗るのが嫌で、商売人にになった」という話を聴いて思想家だと思ったものだ。「怪鳥」は、明日を信じる夢想家の自画像かも知れないと、思わせるところがある。

 

【緊急報告「羽田低空飛行路の悪夢(3)」柏山隆基】
 羽田空港の離着陸の方向変更が、品川区や港区の市街地の上を低空飛行することになり、反対運動が起きている。その事件を、フッサールなどの哲学的な見地から解明しようとしているようだ。実は、羽田の地元、自分の住む大田区でも騒音などで、反対運動がある。この問題を区議会議員に問いだしたら、区ではどうしようもなく、都議会から国会まで上げていかないと、どうにもならないという。自分はマルクス系なので、国家権力から疎外された事件とみてしまう。東京上空が米軍の管理にあるということで、羽田の発着回数を増やすために、米軍から空路使用範囲を広げてもらった結果、その範囲で増便する結果らしい。この論で、フッサールの認識論のなかに、「生活世界」という概念があることを説いている。知らなかったので勉強になった。自分は、4度目の転居で、今は多摩川を挟んで、向かい側の川崎市が見える川に近い共同住宅にいる。コロナで、航路が空いている飛行路のはずなのに、航空機の騒音があるのである。住民に騒音に慣れてもらうために、やっているのか、と勘繰りたくなる。

 

【写真「鈴木清美作品集」鈴木清美】
 ブログにあるカラー写真で数々のコンテスト受賞作が見られる。本誌では「のこんの月・残月とカラス」が、すごい。見事。

 

文芸同志会通信